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FM宣教ニュース
巻 頭言
「全世界に出て行き、すべての造 られた者に、福音を宣べ伝えなさい。」                                                     松永重子

 イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。」(マルコ16章15節)

今から50年程前に、小金井教会の祈祷会に東京クリスチャンカレッジで学んでいた台湾の留学生が証詞 をしていました。「台湾では、日本統治時代に教育を受けた方は日本語が分かります。誰か日本語で福音を伝えに来て下さい。」と、またミリカン先生の友人の セイヤー先生(台湾宣教師)も「山地の人は日本語をとても懐かしく思っています。是非福音を伝えに来て下さい。」と語っていたことを思い出します。私は、 ただ単純に「日本語で良いならー。」との思いで祈り始めました。丁度ミリカン先生が日本の福音宣教に、人生の大半を献げていらっしゃる事に挑戦を受けてい た頃でした。日がたつにつれ「主からの召命」と深く示されていく中で、自分の弱さと向き合っている時にエレミヤの召命のみことばが示されお従いしました。 (エレミヤ書1章6,7節)
1960年3月末神戸港からミリカン先生始め10数名の愛兄姉に見送られ、台湾の基隆港に着いたのは3日後でした。静かな海の旅から急に喧噪のうずまく中 に不安と恐れを感じ上陸した事を思い出します。

これからの福音宣教の使命の重さを覚えて降り立ったこの地で、これから先、私に何が出来るかと思った事でした。
出迎えの先生と南部の高雄までの汽車の旅、高雄で2人の宣教師夫人の出迎え、更に南下して下塀東のセイヤー先生宅に着いたのは深夜遅くでした。4月に入っ たばかりなのに亜熱帯特有のむし暑さ、その上、けたたましいほどのカエルの大合唱に一睡も出来なかった事を昨日のように思い出します。ただ、「主が私のこ とをご存知で遣わされたのだからー。」

との思いで潮風に吹かれヒリヒリした顔の痛みと共に、涙も重なって、しばし主の御前にお祈りの時を持ち、立ち上がる事が出来ました。主な奉仕は山地(ルカ イ族)から平地に移住した隘寮あいりやう部落の教会とその近辺の広東人部落(麟洛りんろう、東勢とんすう、径仔ちんつう)の教会でした。特に数時間歩いて 登った山地の教会(去怒ちいぬう、大武たあうー、阿礼あーりー)の奉仕は主を愛する方々の笑顔に励まされました。その他2年の間に5ケ所の日本語集会(塀 東ぴんとん、鳳山ほんさん、高雄かおしょん、台南たいなん、嘉義ちやいー)や時には台中までも伝道に赴きました。主が助けて下さった事は今も忘れません。
 小金井教会開拓7年目、桜ケ丘教会が2年目で海外に宣教師を送りだすビジョンは今も変わることなく続けられていますことに心から主の御名を崇めます。
 48年前に台湾宣教に遣わされたのは一人かも知れません。しかし背後で祈り支えてく下さった多くの主にある愛兄姉も共に宣教を担って下さいました。
 主の証人として主の宣教命令にお従い出来ましたことに、心から感謝しています。


「野尻師ご夫妻のチェンマイ日本語レ ポート」
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チェ ンマイ日本語キリスト教会の最近の歩み

野尻孝篤

10月5日はちょうど4年前チェンマイ空港に降り立っ た日でした。私たちは忘れていたのですが、礼拝後、教会員によって準備された大きなバラの花束が贈呈されて、サプライズでした。チェンマイ日本語教会の皆 さんも、東京フリー・メソジスト諸教会の皆さんに、群れの牧師派遣をして頂いたことを大変感謝しております。私たちも、この地でこの方々にお仕え出来るこ とを無上の幸福と感じております。皆様のサポートとお祈り、本当にありがとうございます。
11月25日、市岡裕子姉のゴスペル・コンサートを開催しました。関西では皆、知っている岡八朗という新吉本喜劇の立役者の長女で、ご家族を皆、不幸なこ とで失うという悲しい境遇の中から、イエス様を信じ、ゴスペルに生きがいと使命を見出されました。今回は福音をストレートに語る機会にしようと市岡姉と考 え、数少ない教会員が出町に出て案内し、2回の集会を開催しました。NGOでチェンマイに来られた姉妹が、こちらで救われ、タイ人の青年牧師と婚約に導か れました。聖日礼拝の他、週3日の聖書研究会と祈りの時を持って将来のために備えています。この3年間、求道しているTさんご夫妻(70代)、最近求道し ておられるM氏・N氏・M夫人(この3人の方は私と同じ年かほとんど変わりません)の皆さんの救いのためにお祈りください。

 

チェ ンマイ便り

野尻明子

チェンマイでは毎日降り続いた雨季が終わ り、乾季が始まりました。朝夕寒さを感じる程で、風邪がはやっています。新約聖書の学び会が再開され、また、旧約通読会が始まりました。
それぞれ六・七人の方々が集っています。「ここに出ているとネ、ああそうだったのか、って聖書が分かっておもしろいの」なんて話しているのが耳に入ってく ると、私たちはうれしくなってしまいます。みことばを愛する民がこの地にも少しずつ育っているからです。礼拝賛美の楽器や奏楽者も徐々に加えられて感謝で す。初めはギター1台でしたが、キーボードが与えられ、ついにピアノが備えられました。するとヴァイオリンを弾く方がこられ、フルートも時々加わる、と いうちょっとした賛美の楽団が出現しました。主は思いがけない素晴らしい事をして、私たちを楽しませてくださり感謝です。
 


APFMMA (アジア・太平洋フリー・メソジスト宣教協議会)祈祷課題

日本フリー・メソジスト教団・重富勝己先生より

1.インドの迫害について、未だ解決の糸口すら見いだせないような 状況のようです。 特に指導者・牧師とその家族らが守られ、主の働きを全うすることができますように。
2.氏名までは公表できませんが、P.ホー師の後任候補の名前(フィリピン、女性)が具体的にあがっております。総主事に適切な人材が備えられますよう に。
3.上記に加えて、APFMMAの執行部にも若い人材が加えられて、パートナーシップの下での活力ある宣教の実りがあたえられますように。議長である私の 任期も2010年までです。後任に適切な方が備えられますように。
4.ミャンマーのパケップ師のお兄さんが突然、亡くなられたとの知らせがありました。FM教会の指導者が引き続き強められますように。特にミャンマーの政 治指導者のために。
5.中国大陸でのFM教会(信徒数推定11万人)の伝道のわざが推進されますように。特に地下教会故の困難さがあります。指導者が備えられますように。
6.アジアでのFM神学教育のわざが適切に進められて行きますように。この点でもパートナーシップによる協働のわざが前進しますように




日本の皆さんによろしくお伝えください。
日本フリー・メソジスト教団からカンボジアに派遣されている宣教師にウィルキンズクリス・祐子というご夫妻がおられます。
クリス先生は数年前、小金井教会で行われた宣教祈祷会でメッセージをされたことがあります。また奥さまの祐子師と私は、東京聖書学院の同じクラスで共に学んだ間柄です。
今回は、今年の秋に祐子師が派遣先である日本フリー・メソジスト教団の宣教委員長の重富勝己先生に宛てて書かれた報告文を、先生方のご許可をいただきましたのでここに掲載いたします。
私たちもクリス先生ご夫妻のカンボジアでの宣教の働きのために祈りましょう。
(宣教委員長 水口 功)

ウィルキンズクリス・祐子
 今、私たちは首都のプノンペンに住み、クリスはプノンペン教会の牧師として、祐子は本部の会計と自立支援プロジェクトの働きに携わっています。
4月から7月までの期間、チームリーダーのマヒーンズご夫妻が報告のためアメリカとフィリピンに行かれたため、クリスがその間、チームリーダーとして働きました。
毎日曜日の聖日礼拝と水曜の夜の祈祷会、一ヶ月に二度行われる日曜の夜の英語礼拝を、カンボジア人の牧師と協力して執り行っています。
プノンペン教会は、若い大学生やクリスチャンの孤児院からの中高生が多く、活気にあふれている教会です。
以前開拓していた、カンポンチャームの教会は、フィリピン人宣教師のヘレン師が、毎日曜日訪れ、礼拝が続けられています。
カンポンチャーム教会から、一人の女性が献身し、プノンペンの聖書学校で学んでいます。
祐子はカンボジア宣教のすべての会計を担当し、やっと最近報告書を作れるまで把握してきました。今カンボジアでは、学生寮の建設のための働きが進められています。
今月政府からの許可が下り次第、大学生の寮を建設する予定です。
さらに将来には同じ敷地にミッションスクールを創設するというビジョンが与えられ着々と準備か進められています。
私たち家族の近況としては、長男のケイレブ祐多は月から保育園にいくようになり、すっかりたくましくなっています。
心配していた、小児喘息も日本の病院で処方された薬でおさまっています。
次男のコーリー祐希は今月で満1歳になります。
大きな病気をすることもなく、近所のカンボジア人にかわいがられています。
祐子はプノンペンに住む日本人のクリスチャン女性の交わり会を週に一度持つようになり、お互いの問題や祈祷課題を日本語で分かち合い、祈る時を持つようになりました。クリスはカンボジア語での説教準備に追われながらも、カンボジア語の学びを楽しんでいます。
祈祷課題は、
様々な委員会の会議が神様に導かれ正しい決断をすることができるように
カンボジア語の学びのために健康が守られるように
必要の一切が満たされるように (今年のサポートの予定の75%がささげられています。残りの25%が満たされるように)
以上です

世界のために落穂を拾う取り組み
八王子中野教会献身者/日野南平教会インターン実習生             須郷 裕介
八王子中野教会は2002年の6月から、毎月ごとに飢餓対策機構への支援献金が続けられています。
当時、飢餓対策機構の総主事でいらっしゃった神田英輔師が八王子中野教会に来て下さり、説教と午後の教育クラスにおいて、その活動を紹介して下さった事がきっかけでした。
皆、その内容に感動と問題意識を喚起され、以降、コンスタントに毎月、自由献金の形で支援をしようということになりました。
教会の婦人会の中から、真実に重荷を持ってこの働きを担って下さる方が折々に起こされて、引き継がれつつ進められ、毎年2月の教会月報の中でその年度の支援の内容を紹介する形で、現在も継続して献金が行なわれています。
気がつくと、過去6年間の支援の累計額は100万円を超えるまでになり、感謝状が贈られて来て、教会員一同びっくりしたこともありました。
それ以前にも、ジョイセフや日本キリスト教海外医療協力会に向けて、切手やプリペイドカードの収集をし、送らせて頂く働きは始まっていました。
当時、学生だった私自身も、切手集めなどを通し、国外の困窮に瀕している方々への支援とそうしたボランティアに重荷を覚える未信者の方への伝道の対策を両立出来ないかと、教会の皆さんと話をしていた記憶があります。
活動に名前を付けようという話になり、ルツ記の記事から(困っている人を助ける為の小さな財を拾う働き=落穂拾いの会)などとアイディアを出したりしていました。
この教会で、10年近くの長い期間に亘って主に献げる恵みが与えられたことは本当に感謝でした。
目論見通りと言いますか、未信者の方々がこの取り組みを知り「どうぞお使い下さい。」と匿名で沢山の切手の入った袋を教会のポストに投函されたりするケースも多々見受けましたし、支援という働きを通して地域の方々とも繋がる事が出来ました。
八王子中野教会には、自分の犠牲を惜しまずに支援をする賜物を持った婦人層の方や、困難な状況にある人を助ける仕事や日常生活をしている壮年・青年層の人が、教会全体の中で多く比重を占めています。
そうした特質を持っている教会として、支援・助力の中に世界宣教の重要な側面があることも理解しつつ、重荷を持って取り組めて来たと思います。
この教会が日常の中での草の根的な小さい助力を「落ち穂を拾うように」コツコツと行い、世界への支援と繋がり続けて来たことは嬉しいことですし、この証しはイコール宣教の意味を帯びるものだと実感しています。
また飢餓対策機構という組織が良き団体であり、信頼関係の中で支援出来ることも励みになっていました。
今年10月に、改めてこの支援の内容を見直し「世界中の貧しい方々に向けての教会全体の働きとして、新たな気持ちで取組もう」と、姿勢を新たにしました。教会一丸となった支援の姿勢が生まれ始め、この時期、更に多くの献金が集まったことが感謝でした。
長い時間を掛けて世界への支援を続ける事、この活動から更に派生して行く様々な形の世界宣教を、今後も八王子中野教会に与えられた賜物の一つとして取り組んで行きたく願っています。